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会員限定一万字インタビュー



CHEMISTRY CLUB会員に向けた一万字インタビューを公開!
CHEMISTRYの活動休止から再始動、新曲「ユメノツヅキ」レコーディング、
そして再始動ライブについてのお話を会員の皆様へお届けします。

ぜひご覧ください!

初回公開の【#01・#02】は、
会員ではない方も無料でご覧いただけます。
(※4/30(日)23:59まで期間限定)





▼CONTENTS▼

#01 活動休止とソロ活動
※期間限定無料公開中

#02 CHEMISTRY再始動秘話
※期間限定無料公開中

#03 新曲「ユメノツヅキ」

#04 再始動ライブを終えて

#05 今後のCHEMISTRYについて




【#01 活動休止とソロ活動】



──まずは振り返りになりますが、活動休止時のお話からうかがいます。ちょうどCHEMISTRYの活動10周年というタイミングでしたよね。当時雑誌でインタビューさせてもらった時は、おふたりともソロ活動をやりたくてたまらないという印象でしたが?

川畑 まさにその通りですね。

堂珍 2012年だったと思います。「(CHEMISTRY TOUR 2012) Trinity」のツアーファイナルだった沖縄で、ライブ中に正式に「今後はソロ活動をするので、CHEMISTRYの活動は休止になります」とお伝えしました。

──その時は再始動のことなど、まったく考えていなかったと思いますが…。

川畑 もちろん、まったく。ただ「解散」ではないので、「休止」の意味するところを頭のどこかでは考えていましたね。終わってはいないぞ、っていう。10年やってきてお互いソロとしてやってみたかったことがあるし、どこかでそれを形にする時間が必要だったと思うので。その気持ちがとくに強くなったのがその時期だった、と。その気持ちを抑えてCHEMISTRYを続けるよりは、お互い別なことをやってさらに大きなものになって帰って来られればいいなと、そういう気持ちはありました。

──ソロ活動をやっていく中で、CHEMISTRYのことをふと思い出す瞬間というのはありましたか?

川畑 最初はあまり考えていなかったですね。それぞれだとは思うんですけど、僕は自分の中から出てくる音楽をとにかく形にしたい!っていう思いが強かったので。そっちのことしか頭になかったと思います。

堂珍 一瞬、違和感はあったんですよ。単純に、立ち位置とか。ヒョイッと真ん中に来たので「あ、これがひとりってヤツですね」というのはありました。

──どセンターの居心地はどうでしたか?

堂珍 まぁ、すぐに慣れましたけどね。でも最初、「おっ!」と思ったことは覚えてます。

川畑 僕もそれはありましたよ。「あ、ど真ん中にいる」っていうのは。いつも向かって右側にいたので、違和感はちょっとあったかな。まぁ、でも慣れちゃうものだし、「やる」って決めたのは自分たちなので。「しっかりやんねぇとな」という気持ちでしたね。

──ソロ活動中、お互いの活動をチェックすることはあったんですか?

堂珍 うーん? まぁ、CDを送り合ったりはしていたよね?

川畑 うん、リリースした時は。あと、ライブを観に行ったこともありました。

──CDやライブの感想を言い合ったりとか?

川畑 …いや。感想を言い合うなんて、ないっすよ(笑)。久々に楽屋で会ったりすると、なんだか…ね?

堂珍 うん。

川畑 ヘンなぎこちなさみたいな…。(ボソッと)「元気?」みたいな。

──昔つきあっていた彼女みたいな(笑)?

川畑 まぁ、こんなふたりですからね(笑)

──では感想は言い合わないにせよ(笑)、お互いの活動をどんなふうに感じていましたか?

川畑 ま、僕も「ロックをやりたい」って言っていた嘉邦を知っていたので…。

堂珍 『Trinity』の時からお互いの志向みたいなのは形になって出ていましたからね。

川畑 それもあったので、ライブを観に行けば「あ、こういうものがもともと持っていた方向性だったんだな」というのは感じましたけど。

堂珍 僕は要のアルバム、1枚目(『0』)は何度か車の中で爆音で聴いたりしましたよ。「あ、こういうミックスをするんだ」とか「こういうサウンドでいくのか」とか。踊ったりしている映像や、リリースイベントの映像も(インターネットに)上がっていたから観たりはしていました。

──プライベートで会ったりとかは?

川畑 どうだったかな? でも、なかったよね?

堂珍 うん。ライブに1回来てくれたのと、ミュージカルに出演した時に2回来てくれたのと。

川畑 あ、そうか。

堂珍 その時は会ったけど、再始動するにあたって話をするときに、「じゃあ1回会おうか」ってなるまでは会っていないですね。

川畑 うん、会っていないね。

堂珍 メールとかで連絡する、っていうのもなかったし。

川畑 ま、生きているだろうな、ってくらい(笑)?

堂珍 (笑)






【#02 CHEMISTRY再始動秘話】



──そんな中で再活動の話が出てくるものですか?

川畑 15周年というタイミングが、CHEMISTRYの中に来たので。そのちょっと前くらいから、なんとなく気になるようにはなってきていたんですよ。さっきも言ったけど「休止」ですし、「解散」じゃない。ソロ活動をしていく中でも「やっぱりふたりの声が聴きたい」というファンの方の声とか、(SNSや手紙に)書いてくれるコメントもリアルに目にしますし。僕自身ソロ活動をやりながら、ひとりでやる楽しさとふたりでやる楽しさ、力強さってまったく違うものだと感じたんですよ。そういうところからですね。

──ソロとはまた違う形の楽しさがあった、みたいなことですか?

川畑 そうですね。あと、武器にもなる“ふたり”という形を、今見せずにいる必要もないんじゃないのかな?って。待っていてくれる人もいて、これ以上待たせたらもう期待すらしてもらえなくなるかもしれない、と思ったのもあります。

──じゃあ、活動再開には「待っていてくれる人がいる」ってことも大きかったんですね。

川畑 いや、めちゃくちゃデカいっすよね。ソロをやっていた5年間という時間の中で、なんかぐるっと一周以上したのかなというのは感じていて。当時、僕らの音楽を聴いてくれていた若い世代が大人になって、「すごくファンなんです」って言ってくれたり。でもリアルなライブは観たことがなくて、「観たいです。やらないんですか?」とか。僕のまわりでそういうことを言ってもらうことがすごく多くなってきて、だから余計に感じていましたね。

──待っていてくれる人に応えたい、ということですよね。堂珍さんは?

堂珍 じつは僕にはそういう声はそれほど届いていなかったんですよ。要はテレビに出たりする機会も多かったから、そういう声をダイレクトに聞きやすかったのかもしれない。僕の場合は単純に、CHEMISTRYのデビューが2001年なので2016年は15周年になる、と。で、僕はソロ活動でアルバムやシングルを何枚か出しているんですけど、CHEMISTRYで伝わるものとひとりでやる時に伝えたいものを差別化できるようになってきたかなというのもあって。15周年となればCHEMISTRYのことももちろん思い出しますし、このタイミングを逃したら次は20周年じゃないですか? となると年齢的にも40代に入っていて、40代でCHEMISTRYの曲を歌って再始動っていう自分があんまり想像できなかったんですよね。

──たしかにCHEMISTRYは甘酸っぱいというか、若い時期の迷いを歌うような楽曲からスタートしていますもんね。

堂珍 うん、よい意味でポップスだったと思うし。どんなアーティストにも歳を重ねても歌える曲と、ちょっとくすぐったいなっていう曲があると思うんですよ。でも40代で再始動してそういうくすぐったい曲を歌うのは、自分的にはないかなぁ、と。だったら今しかないじゃん、って。で、その頃に要から「やりたい」って話があったので、話し合いを重ねて「よし、やってみようか」って。

──じゃ、具体的に声をかけたのは、川畑さんのほうからなんですね。

川畑 話を振ったのは僕からです。「どう思う?」って。いつかはそういうタイミングが来るのかなとはずっと思っていたし、それがどっちからなのかはわからなかったですけど。声をかけて、そこでまたふたりでやろうと思えたので。自分ひとりだけの気持ちでできるものじゃないですからね。

──ふたりで会って、どんな話をしたんですか?

川畑 まずはライブをやりたい、とか。正直リリースとかのことはあまり考えていなくて、まずは待っていてくれるみんなに生で伝えたい、と。

堂珍 今一番何がしたいかってことですね。ハート対ハートで何がしたいか?となったら、ライブがしたい、と。で、再始動するためにスタッフのみなさんが協力して動いてくれたので、この前のライブにつながった、というわけです。

──リスタートの時って、純粋なスタートの時とはまた違うエネルギーが必要かなって思います。そのへんはいかがですか?

堂珍 そこはもう、フレッシュエネルギーで。

──(笑)フレッシュですか?

堂珍 再始動、リスタートですからフレッシュですよ。だって、5年ぶりですよ? 5年ぶりにふたりで歌ってフレッシュな気持ちになれなかったら、「やっぱりやめようか」ってことになりますよ(笑)。

──懐かしさ以上に新鮮さがあるということですね。

堂珍 もちろん懐かしさもあります。その懐かしさが、フレッシュに変わったりもするし。それぞれでやってきたことをCHEMISTRYでまたトライしてみて、歌い方ひとつにしても表現にしても、今はすごくフレッシュです。

──「またふたりで一緒に」となって、モチベーションは上がりましたか?

川畑 いや、もちろん「やろう!」となった時から上がっていますよ。いくら待っていてくれる人がいるとは言っても、ライブにその人たち全員が来てくれるわけでもないだろうし。でも結果として(東京国際)フォーラム(ホールA)という会場を2日間埋めることができて、より「やれるな」という思いにもなれたし。それまではやっぱり不安な気持ちも多かったですけど。

──あ、不安もあったんですか?

川畑 ないわけがないです。もちろん「歌えるか?」という不安じゃなくて。それぞれが別々に歌ってきて、その中での再始動を「どう受け止めてもらえるのかな?」という不安です。だから再始動の発表をニュースで出した時なんかは、どんな反応があるかすごく気になっていました。

──ニュースには、大反響がありましたよね。

川畑 タイミングがよかったんだな、とも思うんですよ。僕ら以外でもちょうど再始動しているグループがいたり、宇多田(ヒカル)さんのアルバムなんかもそうでしたけど”歌”というところをちゃんと受け止めて買ってくれる人がいたり。僕らも”ふたりの歌声”というところで勝負してきたので、そこにちょうどよいタイミングで当たったんじゃないかなって。とはいえ、もちろんすべてはここからなんですけどね。






【#03 新曲「ユメノツヅキ」】



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【#04 再始動ライブを終えて】



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【#05 今後のCHEMISTRYについて 】



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